• 施設、里親、養親のもとで育ち巣立った当事者のインタビューサイト
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    大学で社会福祉を学びながら、公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンの職員やあすのばの理事として、子どもを取り巻く様々な問題と向き合う久波孝典さん。彼の育ちと、進路選択の苦悩から解放されるきっかけとなったできごととは――

     

    ——現在取り組んでいることを教えてください

    公益財団法人あすのばの理事として、子どもの貧困問題の解決にあたっています。あすのばは、①直接支援(キャンプなどの交流イベントや給付金)、②間接支援(啓発活動)、③政策提言をしています。子どもの貧困の解決には、二つの段階があると考えています。第一段階は、がんばっている子どもが報われる社会を実現すること。次の段階は、意欲の壁にぶつかっている子どもを支援すること。繰り返し壁にぶつかると、がんばろうという気持ちが無くなってしまいます。意欲の壁を取っ払って、誰もががんばろうと思える社会にしたいです。

     

    児童養護施設は天国のようなところ

    ——生い立ちについて教えてください

    小学2年生のときに、父が自殺してしまいました。母は父を殴ることが頻繁にあったのですが、父の死後、母の暴力が僕に向けられるようになりました。また、「10分以内にドリルを終わらせなさい」と言われて、それができないとご飯は抜きでした。母からの圧力に耐えられなくなり、家出を繰り返していました。小学校3年生のある日、下校しようとしたら、担任から、「家じゃないところに行くから」と言われて、そのまま児童相談所に保護されました。おそらく体にあざがあったからでしょう。このときは家庭に戻りましたが、状況は改善されませんでした。小学5年生のときに再び警察、児童相談所に保護され、児童養護施設に入りました。

     

    ——施設の生活で印象に残っていることは

    入所したときが瞬間最大風速。家庭とのギャップが強く印象に残っています。学校から帰ってきて、「ただいまー」と言ってランドセルをボーンと投げて、すぐに「行ってきまーす!」って。職員が、「どこいくのよ!?」と声をかけると、「友達んちー!」。僕は私立の小学校に通っていて、学校の宿題以外にも勉強をしなければならない家庭でした。だから、放課後に友達と遊ぶという感覚がありませんでした。家庭で抑圧されていた僕でしたが、施設に来て、友達とけんかをするくらい、自分の欲を出すことができました。「天国のようなところ来た」というのが最初の頃の印象です。親元から引き離してもらい、安心、安全、自由が保障されている環境で過ごすことができたので、とても恵まれていました。

     

    ——施設の生活でつらかったことは

    特に思い当たることはないです。高校生のとき、門限が23時だったのですが、アルバイトの先輩に誘われて門限を破っても、大目に見てくれました。小遣いが決められていることに対しても、「税金で生活させてもらっている」という感覚がありましたし、ルールに関しても、「施設は親から子どもを預かっているのだから、ルールがあるのは仕方がない」と思っていました。

     

    ——進路選択に向けてどのような準備をしましたか

    高校生のとき、施設職員に誘われて、NPO法人ブリッジフォースマイル(以下B4S)の「カナエール」というスピーチコンテストに参加しました。半年後のスピーチに向けて準備する中で、これまでの経験が整理され、将来のイメージが明確になり、自分の考えを相手に伝える力がつきました。また、自分が知らない問題解決の仕方を知っているたくさんのボランティアの方々に出会えたことには、コンテストに出場して得られる奨学金以上の価値があると思っています。

    自分を変えた社会起業家との出会い

    ——施設からの自立に際してどのような困難がありましたか

    消極的な進路選択しかできないことへの違和感がありました。周りが進学に向けて動き出すときに、自分と一般家庭の人の環境の差を強く意識させられました。自分に備わっているサポートの乏しさに気付き、できることに限りがあると思ったんです。直面するいくつもの壁を前に、将来のイメージは霞んでいきました。何とか高校は卒業したものの、進学はしませんでした。児童養護施設を出るときは、「家と施設に、二度捨てられた」なんて言ったりして、半ばやさぐれていました。

     

    ——高校卒業後は

    自立援助ホームに移りました。1年のうち10か月間は、「お先真っ暗だな」と思っていました。前を向こうとしているんだけど、選択肢が限られていて、どうすればいいのかがわかりませんでした。10月頃になると、一つ年下の世代が自分と同じ壁に直面します。カナエールに参加した自分は、たくさんの人に応援していただいたのに、進学を諦めました。それなのに、関わって下さった方々に謝ることすらしていません。「何てことをしてしまったんだ」と思いました。そして、B4Sの人たちに謝りに行くことにしました。

     

    ——勇気がある行動ですね

    B4S代表のえりほ(林恵子さん)は、「ああ!久しぶり~!」と迎えてくれて、奨学金をふいにしてしまったことを全然気にしていなかったんです。そのときに、「武道館で8000人に向けて話すから来てよ」と、「みんなの夢AWARD3(社会起業家によるプレゼンイベント)」に誘っていただいたんです。堂々とビジョンを語る社会起業家の姿に感動し、「困難だからできない」と考えていた自分との違いに気付きました。そして、「自分がしたいことは何なのか」を冷静に考えました。自立援助ホームに帰ってから職員と話し、翌日には大学進学を決め、翌々日には受験校を決め、無事に大学に合格しました。4月、大学生になってふり返ってみると、「エンジンさえかかれば、2年悩んでいたことが2カ月で変わる。自分にはこんなに力があったんだ」と思うことができました。

     

    たくさんの人との関わりの中で子どもを育む

    ——大学卒業後は

    たくさんの人に社会問題の存在に気付いてもらいたい。専門家や関心のある人たちだけで議論が支援が進められていくのではなく、一般の人も巻き込みたい。そんな思いから、マスコミ業界を中心に就職活動をしていました。でも、「自分が最も熱意を持ち、最も経験が生かせるのは子どもに関わること」と思い直し、今は児童養護に関わる仕事に就こうと考えています。

     

    ——児童養護の世界で実現したいことは

    三つあります。

    一つ目は、子どもの内発的な活力を引き出すこと。子どもには長い将来があります。支援を受ける側から抜け出し、自発的に努力することができるように、教育的なはたらきかけが必要です。自己決定が阻害されないような環境(制度や経済的な条件)を整えた上で、エンジンをかけるきっかけとなるような、周りの大人との接点を設けたい。

    二つ目は、子どもが施設を出ても絶えない関係性を維持すること。施設を出てからも様々な困難に直面するので、自分のことをわかった上で、悩みの解決に力を尽くしてくれる人がずっといることが大切だと思います。

    三つ目は、社会に対して、社会的養護をはじめとする、子どもたちを取り巻く様々な問題の存在を認知してもらい、多様な大人に携わってもらうことです。

     

    ——施設で生活している子どもたちにメッセージをお願いします

    悩みを人に打ち明ける努力をし続けてほしい。僕は、「『助けて』と言える人になれ」と施設の人に何度も言われました。人に伝えることで、「何に悩んでいるのか」「解決のために、自分や周りの人たちは何ができるのか」を洗い出すことができます。どうやったらうまく伝えられるかは二の次。悪い状況が重なって心が開かないこともあると思うけど、諦めないでほしい。

     

     

     

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    コメント一覧

    返信2017年1月28日 9:03 AM

    デイブ24/

    先日、あすのばという団体の事務局長がテレビの番組で取り上げられた時、くばくんもしっかり登場してて、とても頼もしく見えました。 直接会話したことは少ないですが、彼が大学を卒業して、どんな大人になって、どんな未来を描いてくれるのか、それが今から楽しみです。 きっと子どもたちに夢を持つ大切さを、身をもって伝えてくれる人になってくれることと思います。

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